アニメ監督・長井龍雪、脚本家・岡田麿里、アニメーター兼キャラクターデザイナー・田中将賀の3人「超平和バスターズ」による“秩父三部作”の2作目として、2015年9月19日に公開されたアニメ映画『心が叫びたがってるんだ。』。
誰もが一度は聴いたことのある『悲愴』や『Over the Rainbow』『Around The World』などの名曲とともに、青春時代の葛藤や、誰かを想う切なさを描いたストーリーが話題を集めた作品である。
しかし、映画を観た人の中には、
- 「結末に納得いかない」
- 「なぜ坂上は成瀬ではなく仁藤を選んだの?」
- 「結局玉子の妖精の正体は何?」
などといった感想、疑問を抱いた人も少なくないようだ。
そこで本記事では、アニメ映画『心が叫びたがってるんだ。』について、ネタバレを含みつつストーリーの考察をしていこうと思う。
※作品のネタバレにご注意ください。
アニメ映画『心が叫びたがってるんだ。』の作品概要
『心が叫びたがってるんだ。』作品概要 | |
公開日 | 2015年9月19日 |
監督 | 長井龍雪 |
脚本 | 岡田麿里 |
制作 | A-1 Pictures |
原作 | 超平和バスターズ |
上映時間 | 119分 |
キャスト | 成瀬順/水瀬いのり 坂上拓実/内山昂輝 仁藤菜月/雨宮天 田崎大樹/細谷佳正 成瀬泉/吉田羊 |
映画『心が叫びたがってるんだ。』は、2015年9月19日に公開されたアニメーション映画だ。
アニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』や映画『空の青さを知る人よ』を手掛けた「超平和バスターズ」による“秩父三部作”の2作目として位置づけられている。
本作は「第39回 日本アカデミー賞 優秀アニメーション作品賞」を受賞した。
あらすじ(ネタバレなし)
心の殻に閉じ込めてしまった素直な気持ち、本当は叫びたいんだ。
幼い頃、何気なく発した言葉によって、家族がバラバラになってしまった少女・成瀬順。そして突然現れた“玉子の妖精”に、二度と人を傷つけないようお喋りを封印され、言葉を発するとお腹が痛くなるという呪いをかけられる。 それ以来トラウマを抱え、心も閉ざし、唯一のコミュニケーション手段は、携帯メールのみとなってしまった。
高校2年生になった順はある日、担任から「地域ふれあい交流会」の実行委員に任命される。一緒に任命されたのは、全く接点のない3人のクラスメイト。本音を言わない、やる気のない少年・坂上拓実、甲子園を期待されながらヒジの故障で挫折した元エース・田崎大樹、恋に悩むチアリーダー部の優等生・仁藤菜月。彼らもそれぞれ心に傷を持っていた。
担任の思惑によって、交流会の出し物はミュージカルに決定するが、クラスの誰も乗り気ではない様子。 しかし拓実だけは、「もしかして歌いたかったりする?」と順の気持ちに気づいていたが、順は言い出せずにいた。 そして、だんまり女にミュージカルなんて出来るはずがないと、揉める仲間たち。 自分のせいで揉めてしまう姿を見て順は思わず「わたしは歌うよ!」と声に出していた。 そして、発表会当日、心に閉じ込めた“伝えたかった本当の気持ち”を歌うと決めたはずの順だったが・・・。
引用元:Filmarks『心が叫びたがってるんだ。』
アニメ映画『心が叫びたがってるんだ。』は、幼い頃のトラウマで喋れなくなった高校生2年生の成瀬順が、地域交流会でミュージカルを披露することになり、クラスメイトの坂上拓実や仁藤菜月、田崎大樹などとの交流の中で成長していく過程を描いた青春群像劇だ。
ミュージカルという非日常の活動を通じて、順だけでなくトラウマや後悔、葛藤を抱えたクラスメイトらが自らの殻を破っていくストーリーが魅力的である。
本心を言葉にできないことのもどかしさや、人と人とが心を通わせる瞬間の尊さ。そして、傷つきながらも前に進もうとする若者たちの姿が、観る者に深い感動を与えてくれることだろう。学生時代の未熟さや、自己表現の難しさに共感できる人には特におすすめの作品となっている。
主要な登場キャラクター
アニメ映画『心が叫びたがってるんだ。』の主な登場キャラクターを紹介していく。
本作の中心となるキャラクターたちは皆、それぞれがトラウマや後悔を抱えている。それらがどのようなものなのか、そして物語が進行することでどのように変化していくのかに注目すると、さらに本作を深く味わうことができるだろう。
成瀬順(水瀬いのり)
引用元:映画『心が叫びたがってるんだ。』
本作の主人公。揚羽高校2年2組の生徒で、幼い頃にお城のようなラブホテルから父親が見知らぬ女性と出ていく姿を目撃し、それを不倫と知らぬまま母に伝えてしまったことから離婚の引き金を引いてしまい、玉子の妖精から「言葉を発するとお腹が痛くなる」呪いをかけられてしまった。
普段はメールや文書でコミュニケーションを取っている。メールを打つスピードは驚くほど速い。感情を失ってはいないものの、言葉を使えないため、表情や身振りで自分の気持ちを伝えることが多い。母親の泉と二人暮らしで、泉が多忙なため夕食を自分で作るなど、家庭内で自立している。
歌という形であればお腹が痛くならないことを知り、拓実に「わたしの言葉を歌にして下さい」と依頼する。
坂上拓実(内山昂輝)
引用元:映画『心が叫びたがってるんだ。』
順のクラスメイト。物静かで本音を語ることがなく、どこか冷めた性格をしている男子生徒。
教育方針を巡って両親が離婚しており、現在は父方の祖父母と生活している。音楽が好きな父親の影響でピアノを演奏することができるが、それが離婚の一因となったことから距離を置いていた。
仁藤菜月とは中学生の時に交際していたが、拓実の両親の離婚騒動があり、互いに気持ちをちゃんと伝えられずに疎遠となってしまった。
仁藤菜月(雨宮天)
引用元:映画『心が叫びたがってるんだ。』
順や拓実のクラスメイト。チアリーダー部の部長を務めており、クラスの女子生徒の中心的存在。
拓実と同じ中学校に通っていた。当時2人は交際していたが、拓実が両親の離婚などで精神的に弱っていたときに声をかけられなかったことを後悔している。恋人関係は自然消滅してしまったが、菜月はまだ拓実に対して未練がある様子。
田崎大樹(細谷佳正)
引用元:映画『心が叫びたがってるんだ。』
順のクラスメイトであり、元野球部のエースピッチャー。右肘を怪我しているため練習には参加できないが、毎日のように顔を出している。
大会中という大事な場面にもかかわらず故障して野球ができない自分への苛立ちから、八つ当たりのように後輩にきつく指導してしまう。陰で後輩たちからは「使えないポンコツ」と煙たがられている。
一見すると荒々しい印象を与えるが、 本当は心優しく、責任感が強い性格。
玉子の妖精(内山昂輝)
引用元:映画『心が叫びたがってるんだ。』
父親が家を出て行った後、順の前に現れた不思議な存在。
お喋りが原因で悪いことが起こらないように、順の口にチャックを付ける動作をして呪いをかけた。
その姿は普段は掌に乗るほど小さいが、「玉」という漢字の「点(、)」が体の近くに浮いており、その点を隠すと人間大の王子様に姿が変わる。
アニメ映画『心が叫びたがってるんだ。』をネタバレ考察!
アニメ映画『心が叫びたがってるんだ。』を鑑賞した人が抱くであろういくつかの疑問を、ネタバレを含みつつ考察していく。
玉子の妖精の正体は何?
引用元:映画『心が叫びたがってるんだ。』
結局玉子の妖精の正体は何だったのかというと、言葉によって他人を傷つけることを恐れ、自己を守るためにコミュニケーションを断とうとする心理から成瀬順自身が生み出した心象的な存在だったのだと考えられる。
成瀬順は幼少期に、父親の不倫現場を目撃する。その後そうとは知らずにそのことを母親に話してしまい、結果両親は離婚することになった。このとき母親からは「もう二度と、しゃべっちゃだめ」と言われ、家を出ていくことになった父親からは「全部、お前のせいじゃないか」と言われる。この経験がトラウマとして成瀬順の心に深い傷を負わせ、その痛みに耐えられなかった順は、玉子の妖精という存在を生み出すことで自身の精神を守ろうとしたのだろう。
作中ラストに、成瀬順は以下のように語っている。
ああ、本当に玉子なんていなかったんだ。呪いをかけたのは私。玉子は私。1人で玉子に閉じ籠もってた、私自身。
引用元:映画『心が叫びたがってるんだ。』
また、坂上拓実から「玉子なんて最初からいないだろ!」と言われた際には、「いないと、困るの!」と叫び返しています。このことから、玉子が自己防衛のために生み出した存在であることを、成瀬順も心のどこかでは自覚していたに違いない。
玉子の妖精はハンプティ・ダンプティ
引用元:『鏡の国のアリス』 ジョン・テニエルが描いたハンプティ・ダンプティ
玉子の妖精の姿を見て、『鏡の国のアリス』にも登場するイギリスの伝承童謡のキャラクター、ハンプティ・ダンプティを想起した人も多いのではないだろうか?
ルイス・キャロル著作『鏡の国のアリス』では、鏡の国に迷い込んでしまった少女・アリスに対し、塀の上に座ったハンプティ・ダンプティはあざけた態度で“言葉”について以下のようなやりとりをしている。
「僕が言葉を使うときはね」とハンプティ・ダンプティはあざけるように言いました「その言葉は、僕がその言葉のために選んだ意味を持つようになるんだよ。僕が選んだものとぴったり、同じ意味にね。」
「問題は」とアリスは言いました「あなたがそんなふうに、言葉たちにいろんなものをたくさんつめこむことができるのかということだわ」
「問題は」とハンプティ・ダンプティが言いました「僕と言葉のうちのどちらが相手の主人になるかということ、それだけさ」
アリスが困ってしまって何も言えなくなると、少ししてハンプティ・ダンプティが続けました「言葉っていうのはね、それぞれに気性があるものなんだ。
引用元:『鏡の国のアリス』
この場面が『心が叫びたがってるんだ。』の冒頭シーンに良く似ていることからも、玉子の妖精がハンプティ・ダンプティから多少なりとも着想を得ていることは間違いないだろう。
またハンプティ・ダンプティは、英語圏ではしばしば「一度壊れると簡単には元に戻らないもの」を指すための比喩としても用いられている。
成瀬順がファミレスで言った「言葉は傷つけるんだから、絶対に、もう取り戻せないんだから!」というセリフも、玉子と言葉の類似性、すなわち「割れた玉子は元には戻らない」=「発した言葉は取り消せない」という不可逆性を象徴するようなセリフだと感じられる。
田崎はなぜ成瀬を好きになった?
田崎大樹が成瀬順を好きになった理由が分からなかったという声がある。しかし、実際には作中でしっかりと伏線が描かれていた。
肘を故障して苛立っていた田崎大樹は、ふれあい交流会の内容をクラス内で決める際に、「実行委員にしゃべんねえ女いて、そんで歌とかミュージカルとか謎すぎんだろ」と突っかかる。この時点では、田崎大樹は成瀬順のことを“しゃべんねえ女”という認識しかしていないことが分かる。
三嶋と坂上拓実が揉めて、それを止めようと成瀬順が「私はやれるよ」と歌い出したシーンで、田崎大樹の表情が変わる。そして成瀬順が教室から飛び出していった後、田崎大樹の後ろ姿を映すカットが入る。このことから、田崎大樹の成瀬順に対する認識が少し変化したと考えていいだろう。
そして、決定的に成瀬順への感情が変わったのは、ファミレスでのシーンだと考えられる。後輩の山路が田崎に対して「消えてくれりゃあいいのによ!」と言った際に、成瀬順が田崎大樹を庇うような発言をしたときである。
実際には、成瀬順は自身が父親や母親からの言葉に傷つけられており、そのことに反応して発した言葉であり、田崎大樹を庇ったわけではない。しかし、田崎大樹の視点で見ると、成瀬順が庇ってくれたと受け取れる。この出来事によって、田崎大樹は成瀬順に特別な感情を抱き始めたのではないだろうか。
その後も、普段電車を使用している田崎大樹が成瀬順と一緒に歩いて帰るシーンや、坂上拓実の発言に対して怒りを露わにする場面が、彼が成瀬順に好意を抱いていたことを暗示する描写となっている。
このように、田崎大樹の成瀬順に対する好意は作中で丁寧に描かれており、注意深く見れば理解できるようになっている。
ラストに納得いかない?坂上が仁藤を選んだのはなぜ?
引用元:映画『心が叫びたがってるんだ。』
本作を鑑賞した人の中には、成瀬順と坂上拓実が結ばれなかったことに納得できない人も多かったようだ。
なぜ本作のラストで坂上拓実が選ぶのは、成瀬順ではなく仁藤菜月なのかについて考えていく。
結論から述べると、坂上拓実が成瀬順の告白を断り、仁藤菜月に対して好意を示すという本作の結末は何も不思議ではない。
本作で描かれていた坂上拓実の成瀬順に対する感情は一貫して、恋愛感情ではなく「応援したい」という共感や尊敬といった感情だったからである。
作中、坂上拓実はしゃべると腹痛に襲われるにもかかわらず自分の気持ちを伝えようと頑張っている成瀬順の姿を見て、自分を省みることとなる。坂上拓実は両親の離婚以来思っていることを口にすることや自分の感情を表に出すことを避けていた。その結果として、仁藤菜月との関係も曖昧なままになってしまっている。しかし、同じような境遇の成瀬順が頑張っている姿を目にし、思いを伝えることの重要さに気付いたのである。
つまり、坂上拓実にとって成瀬順は思いを伝えることの大切さに気付くために必要な存在であったが、その思いを伝える先は、成瀬順ではなく仁藤菜月なのだ。
仁藤菜月から成瀬順が好きなのではないかと言われた坂上拓実が返した「なに人の気持ち勝手に決めつけてんだよ!」というセリフは、あるいは坂上拓実と成瀬順が結ばれるラストに期待した鑑賞者に対して放たれた言葉だったのかもしれない。
ちなみに、成瀬順は廃ホテルにて坂上拓実に告白し振られた際、「うん、知ってたよ」と口にしている。ミュージカルの最後の曲を決めるために坂上家に集まったとき、成瀬順が仁藤菜月をちらっと見るカットあるが、きっとこのときには仁藤菜月が坂上拓実に向ける視線や、それを受けた坂上拓実の様子から、成瀬順は何かを察していたのだろう。
アニメ映画『心が叫びたがってるんだ。』ネタバレ考察まとめ
本記事では、アニメ映画『心が叫びたがってるんだ。』について、作品のあらすじや登場キャラクターの紹介、ネタバレを含む考察をお伝えした。
2024年10月4日に新作オリジナル長編アニメーション『ふれる。』が全国公開される「超平和バスターズ」の代表作『心が叫びたがってるんだ。』。本作は「言葉は人を傷つけることも、助けることもできる」というシンプルでありながら普遍的なメッセージを感じ取れる名作である。
2017年7月には、本作をベースとした実写版映画も公開されているので、気になる方はあわせてチェックしてみるといいだろう。