※当記事は映画『言の葉の庭』の内容のネタバレを含みますのでご注意ください。
『君の名は。』などで知られる新海誠監督が手掛け、2013年5月31日に公開されたアニメーション映画『言の葉の庭』。
靴職人を目指す15歳の男子高校生タカオと27歳の謎めいた女性ユキノの淡い交流を描いた物語や、写実的かつ幻想的なタッチで表現された新宿の街並みなどの美しい映像が高く評価され、公開から10年以上経った今もなお人気の作品です。
しかし46分という短めの上映時間に合わせ構成された本作はストーリーの展開が速く、人によっては「ラストシーンが唐突でよく分からなかった」という方もいるのではないでしょうか?
そこで当記事では、
- ラストシーンでタカオが怒りを爆発させた理由は?
- ユキノが裸足で走り出したのはなぜ?
- タカオとユキノはその後どうなった?
などといったラストシーンにまつわる疑問に対して、ネタバレを含みつつ考察していきたいと思います!
映画『言の葉の庭』の作品概要
引用元:映画『言の葉の庭』
映画『言の葉の庭』作品概要 | |
公開日 | 2013年5月31日 |
監督・脚本 | 新海誠 |
上映時間 | 46分 |
主題歌 | 秦基博『Rain』 |
キャスト | タカオ(秋月孝雄)/入野自由 ユキノ(雪野百香里)/花澤香菜 |
映画『言の葉の庭』は、『君の名は。』や『天気の子』で知られる人気アニメーション監督・新海誠が手掛け、2013年5月31日に公開された作品です。
息を呑むほど美しい写実的な映像美と、淡く切ないラブストーリー、新海作品らしい情緒あふれるモノローグが魅力の本作は、第21回シュトゥットガルト国際アニメーション映画祭(ITFS)の長編映画部門「AniMovie」で最優秀賞を受賞するなど、世界的にも高く評価されています。
あらすじ(ネタバレなし)
靴職人を目指す高校生・タカオは、雨の朝は決まって学校をさぼり、公園の日本庭園で靴のスケッチを描いていた。ある日、タカオは、ひとり缶ビールを飲む謎めいた年上の女性・ユキノと出会う。ふたりは約束もないまま雨の日だけの逢瀬を重ねるようになり、次第に心を通わせていく。居場所を見失ってしまったというユキノに、彼女がもっと歩きたくなるような靴を作りたいと願うタカオ。六月の空のように物憂げに揺れ動く、互いの思いをよそに梅雨は明けようとしていた。
引用元:Filmarks|映画『言の葉の庭』
映画『言の葉の庭』は、靴職人を目指す高校生・タカオが雨の新宿御苑で謎めいた女性・ユキノと出会うことから物語が始まります。
唐突に和歌を言い残したり、大量のチョコレートをつまみに酒を飲んだりと、ユキノのわけのわからない言動に戸惑いながらも、交流を重ねるうちに段々と彼女に興味を抱いていくタカオ。
しかしユキノは、タカオに対してあることを隠していました。ユキノの秘密をタカオが知ったとき、物語は動き始めます。
本作は年齢の離れた男女の淡く切ない関係を描いた、“ボーイ・ミーツ・レディ”作品となっています。
主要登場人物&キャスト
映画『言の葉の庭』の主要な登場人物であるタカオとユキノの2人を紹介します。
タカオ/秋月孝雄(声優:入野自由)
高校一年生で一五歳。靴職人を目指し、日々、バイトをしながら制作活動を行っている。家庭環境もあって、年齢より大人びた性格。雨の日の午前中は学校に行かず、庭園で靴のデザインを考えている
引用元:映画『言の葉の庭』公式サイト
タカオは東京都内の高校に通う15歳の少年です。靴職人を目指しており、日々アルバイトをしながら制作活動に励んでいます。
雨の日の午前中は、学校の授業をサボって新宿御苑の東屋で靴のデザインを考える日々を送っていました。ある日、いつものように立ち寄った新宿御苑で、不思議な女性と出会うことになります。
ユキノ/雪野百香里(声優:花澤香菜)
タカオが雨の日の庭園で出会った、謎めいた女性。朝からチョコレートを片手にビールを飲んでいる。声を掛けたタカオにある和歌を口にして、そこから雨の日の午前中だけの交流が始まるが……。
引用元:映画『言の葉の庭』公式サイト
タカオが雨の日に新宿御苑で出会った不思議な女性。唐突に和歌を口にしたり、チョコレートをつまみに酒を飲んだりと、どこか謎めいた雰囲気を放っています。
雨の日にタカオとの交流を重ねていきますが、何やら秘密を抱えている様子で……。
ネタバレ考察|映画『言の葉の庭』のラストシーンを解説
映画『言の葉の庭』を鑑賞した方の中には「ラストシーンの意味が分からなかった」と感じた方も多かったのではないでしょうか?
なぜユキノは裸足でタカオを追いかけたのか?なぜタカオはユキノに対して怒りを爆発させたのか?
これらの疑問を解消するために、まずはタカオとユキノがそれぞれ抱える葛藤を深掘りしていきたいと思います。
理想と現実のギャップに焦るタカオ
引用元:映画『言の葉の庭』
タカオは靴職人を目指す覚悟が持てずにいたのだと思います。
「制服の裾を濡らす他人の傘」「誰かのスーツに染み付いたナフタリンの匂い」「背中に押し付けられる体温」「こういうことを2ヶ月前、高校に入る前俺は知らなかった」。
高校生になったばかりのタカオは、少しだけ大人の世界に触れるようになったことで自信を失くしていたのだと思います。それと同時に、大人というものに嫌悪感も抱いていたのではないでしょうか。
また、タカオの兄やその彼女が靴職人になるというタカオの夢に否定的である様子が作中でも描かれていたように、タカオは日常的に周囲から夢見がちで稚拙な考えの持ち主=“子供”のように扱われていることを感じており、不安と焦りを抱いていたのではないでしょうか?
そうした思春期特有の葛藤を抱くタカオの前に現れたのが、ユキノという“大人”な存在でした。この年齢の男子は総じて綺麗な年上のお姉さんに惹かれるものです(異論は認めます)。タカオも例に漏れず、ユキノのミステリアスで神秘的な雰囲気に魅せられ、心を許していきました。
タカオは無自覚ながら、靴職人になるという夢と、どこか謎めいていて現実離れしたユキノという存在を重ねて見るようになっていたのだと思います。
それでは、実際にはユキノはどのような人物だったのでしょうか?
大人のフリをするのに疲れたユキノ
「まるで、世界の秘密そのものみたいに、彼女はみえる」とタカオに称されるユキノ。ミステリアスで洗練されていて、それでいてどこか現実離れしている大人な存在として、タカオの目に映っていたわけですが、実際はなんのことはない20代後半の女性であることが物語の後半に明らかになります。
平日の昼間から公園で酒を飲んでいたのは、精神的に体調を崩して職場(学校)に行くことができなかっただけ、別れ際に意味ありげな和歌を口にしたのは単純に古典の教師だっただけ。アルコール、甘味(チョコレート)、男(元恋人)に頼ることで何とか日々をやり過ごし、ファンデーションが割れてしまったらなんだか悲しくなって泣いてしまう。ユキノもごくごくありきたりな女性に過ぎないのです。
そしてそんなユキノは、学校でのいざこざによって休職しており、自分が進むべき道に思い悩んでいました。
つまり甘くない現実に苦しむタカオの対比として描かれていたユキノもまた、実際には現実に思い悩んでいたのです。
そんな似た者同士の2人が、雨の日の東屋での交流を重ねることでお互いの苦悩を癒やしていくことになります。
ラストシーンでユキノが裸足でタカオを追いかけた理由
映画『言の葉の庭』のラストで、「雪野さん、俺、雪野さんが好きなんだと思う」とユキノに好意を伝えるも所謂大人な対応でいなされてしまったタカオは、ユキノの部屋を後にします。その後出て行ったタカオをユキノは裸足で追いかけていきます。
この時ユキノが裸足で追いかけたのは単純に、無我夢中でタカオを追いかけたからでしょう。しかし、『言の葉の庭』という作品において靴は重要なモチーフです。裸足で追いかけるという演出には何かしらの意図があることは間違いありません。すこし考えてみます。
作中でも示唆されていたように、靴は歩くために必要となる道具です。その一方で、靴は足を保護するという役割を果たす道具でもあります。実際、裸足でタカオを追いかけて階段を降りたユキノの足は、擦りむけて傷ついていました。
つまり靴というのは、自身が傷つかないために身につけるものということです。そしてこれは、ユキノがタカオに対して見せた大人な対応と、共通しています。
恋愛感情とまではいかずとも特別な感情を抱いており、好意を向けられて頬を赤らめているにもかかわらず、社会的な立場の違いや年齢差、一般的な常識を鑑みて、「雪野さんじゃなくて、先生でしょ」といなす大人な対応は、自身が傷つかないためにとった行為です。
つまり、ユキノが裸足でタカオを追いかけたシーンには、生身の自分が傷つかないように、着飾っていた鎧=世間体や一般的に大人に求められる常識のようなものを脱ぎ去った、という意図が込められた描写だったのではないでしょうか。
なぜタカオはユキノに対して怒りを爆発させたのか
大人への不信感とユキノに対する深い失望から、タカオはユキノに対して怒りを爆発させたのだと思います。
タカオは大人たちへの不信感を抱いていました。周囲の大人たちが夢を否定し、現実的な考え方を押し付ける存在だと感じていた。タカオにとって大人の世界は冷たく、夢を追い求めることが無意味だと思える場所だったのです。
そんなタカオにとって、ユキノだけは特別な存在でした。ユキノは大人でありながらも、タカオの夢や悩みに理解を示し、優しく接してくれます。雨の日の東屋での交流は、タカオにとって心の支えとなっていたのです。
美しく、知的でミステリアスな雰囲気を持ち、タカオの理想の大人像を体現するユキノ。彼女との時間は、現実から逃れ、夢の世界に浸ることができる貴重なものへとなっていきます。
しかし、ラストシーンでタカオの理想は崩れ去ります。タカオがユキノに自分の気持ちを告白した際、彼女はそれを受け流す態度を見せました。ユキノの「大人」の振る舞いは、タカオの夢と希望を打ち砕くものでした。ユキノもまた他の大人たちと同じように、自分の気持ちを隠し、逃げているだけだと感じたのだと思います。
ユキノへの失望と、そんな風に振る舞わなければ生きづらい世界という不条理への怒り、何より不甲斐ない自分への羞恥から、タカオは感情を爆発させるに至ったのです。
映画『言の葉の庭』のトリビア
映画『言の葉の庭』に関するトリビア・豆知識をご紹介します。
映画『君の名は。』にユキノ先生がカメオ出演
新海誠監督のアニメ映画『君の名は。』には、『言の葉の庭』のユキノ(雪野百香里)がカメオ出演しています。
『君の名は。』の劇中、ヒロイン・三葉が通う高校で古典の教師として登場する女性が、実はユキノです。このカメオ出演により、両作品が同じ世界観の中で繋がっていることが示唆され、新海誠監督のファンにはたまらないサプライズとなっています。
村上春樹『ノルウェイの森』からの引用
映画『言の葉の庭』では、村上春樹の小説『ノルウェイの森』からセリフが引用されています。
引用されているセリフは、「わたしたち、泳いで川を渡ってきたみたいね」というもの。このセリフは、『ノルウェイの森』の中で、主人公と重要な人物との間で交わされる印象的な言葉であり、新海監督はこの引用を通じて作品に深みを与えています。
また、『ノルウェイの森』は当初『雨の中の庭』というタイトルだったのは村上春樹ファンの中では有名な話です。『言の葉の庭』という映画のタイトルもオマージュと考えていいでしょう。
小説『言の葉の庭』では映画のその後が描かれている
引用元:小説『言の葉の庭』
映画『言の葉の庭』では、タカオがユキノに靴を完成させたシーンで物語が終わります。しかし、小説版では2人のその後のエピローグが描かれています。
映画のラストシーンでは、タカオの元にユキノからの手紙が届きます。手紙には、ユキノが地元で教師として頑張っていることが綴られており、タカオも靴職人としてもっと高みを目指すことを決意。タカオは「もっと成長できたら会いに行こう」と語り、物語は幕を閉じました。
一方、小説ではタカオの留学やユキノとの再会の場面が詳しく描かれています。タカオは靴作りを学ぶためにイタリアのフィレンツェに留学し、4年半の月日を経てユキノと再会。それまでのやり取りは手紙で行われていましたが、留学後はメールでのやり取りに変わり、2人の関係も徐々に変わっていきます。
そして再会のシーン。場所は雨の日の庭園です。タカオはユキノのために2年間修業して完成させた約5cmのヒールのパンプスを持ってきました。久しぶりに再会した2人は、言葉を交わさずとも互いを認識し、ユキノは最初は泣きそうになりますが、次第に笑顔を見せます。その後の展開は読者の想像に委ねられる形で、物語は終わりました。
映画『言の葉の庭』のネタバレ考察まとめ
本記事では、映画『言の葉の庭』のラストについて考察しました。
46分という短尺でありながら、息を呑むほど美しい写実的な映像美と、淡く切ないラブストーリー、新海作品らしい情緒あふれるモノローグなど、たくさんの魅力が詰まった映画『言の葉の庭』。
個人的な感想ですが、ユキノというキャラクターが持つ“ズルさ”に惹かれる作品でした。「タカオ、こんな女性に高校1年生で恋をしてしまったら、後々までこじらせることになるぞ……」と老婆心ながらに思ってしまいましたね。