大人気シリーズ『響け!ユーフォニアム』のスピンオフとして、2018年4月に公開されたアニメ映画『リズと青い鳥』。
オーボエ担当の鎧塚みぞれとフルート担当の傘木希美を主人公とし、卒業を控えた3年生の2人が「高校最後のコンクール」に挑む青春模様を、映画『 聲の形』などで知られる山田尚子監督が手掛けたことで話題を集めた作品だ。
本記事ではそんな『リズと青い鳥』をすで鑑賞した方に向けて、
- どちらがリズでどちらが青い鳥なのか?
- 「みぞれのオーボエが好き」に込められた希美の想いとは?
- 最後にみぞれが驚いた顔をしたのはなぜか?
- みぞれはどうして髪を触るのか?
などといった内容を、ネタバレを含みつつ徹底考察していく。
『リズと青い鳥』は見れば見るほど理解が深まり、より一層楽しむことができる作品である。再び鑑賞する際は、ぜひ本記事を参考にしてみてほしい。
『リズと青い鳥』の作品概要
『リズと青い鳥』の作品概要 | |
公開日 | 2018年4月21日 |
監督 | 山田尚子 |
脚本 | 吉田玲子 |
制作 | 京都アニメーション |
原作 | 武田綾乃 |
上映時間 | 90分 |
キャスト | 鎧塚みぞれ/種崎敦美 傘木希美/東山奈央 リズ・少女/本田望結 剣崎梨々花/杉浦しおり |
アニメ映画『リズと青い鳥』は、『響け!ユーフォニアム』シリーズのスピンオフ作品として2018年4月21日に公開された。
一応『響け!ユーフォニアム』シリーズのスピンオフという位置づけではあるが、”1本の独立した映画”としても成り立つように制作されているので、シリーズを鑑賞していない人であっても楽しめる。
監督はTVシリーズのシリーズ演出を務めた山田尚子さんが担当、制作はTVシリーズ同様京都アニメーションが担当した。
武田綾乃さんの小説『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章』を原作とし、みぞれと希美のパートを抜き出して映画化したストーリーとなっている。
あらすじ
鎧塚みぞれ 高校3年生 オーボエ担当。
傘木希美 高校3年生 フルート担当。
希美と過ごす毎日が幸せなみぞれと、一度退部をしたが再び戻ってきた希美。
中学時代、ひとりぼっちだったみぞれに希美が声を掛けたときから、みぞれにとって希美は世界そのものだった。みぞれは、いつかまた希美が自分の前から消えてしまうのではないか、という不安を拭えずにいた。
そして、二人で出る最後のコンクール。自由曲は「リズと青い鳥」。童話をもとに作られたこの曲にはオーボエとフルートが掛け合うソロがあった。
「物語はハッピーエンドがいいよ」屈託なくそう話す希美と、いつか別れがくることを恐れ続けるみぞれ。
――ずっとずっと、そばにいて――
童話の物語に自分たちを重ねながら、日々を過ごしていく二人。
みぞれがリズで、希美が青い鳥。
でも……。
どこか噛み合わない歯車は、噛み合う一瞬を求め、まわり続ける。
引用元:映画『リズと青い鳥』
監督:山田尚子&脚本:吉田玲子のタッグで制作
『リズと青い鳥』は、『聲の形』や『たまこラブストーリー』で知られる山田尚子さんが監督を務めている。脚本は同じく『聲の形』『たまこラブストーリー』のほか、『猫の恩返し』や『夜明け告げるルーのうた』などに携わっている吉田玲子さんだ。
2人がタッグを組んだ作品はいずれも、登場人物の内面をセリフだけでなくちょっとした表情や仕草、風景描写で語らせるような「繊細な心情描写」を特徴としており、本作でもその作風が遺憾なく発揮されている。
『リズと青い鳥』の主要登場キャラクター
『リズと青い鳥』の主要登場キャラクターを紹介していく。
鎧塚みぞれ(声優:種崎敦美)
引用元:映画『リズと青い鳥』
北宇治高校吹奏楽部の3年生でオーボエを担当している。ほとんど無表情で感情をあまり表に出さない、人見知りな性格ゆえに、部内で親しい人間はそれほど多くはない。
フルート担当の傘木希美とは中学校の同級生で、みぞれは彼女に対して恋や依存に近い愛情を抱いている。
コンクールの自由曲「リズと青い鳥」のもととなった童話の登場人物リズの「最愛の相手を自らの手から解き放つ」という行動に共感ができず、上手く演奏することができずにいた。
傘木希美(声優:東山奈央)
引用元:映画『リズと青い鳥』
北宇治高校吹奏楽部の3年生でフルート担当。みぞれとは対照的に明るく活発で
社交的な性格。同級生や後輩など多くの仲間から慕われている。
高校1年生のときに1度吹奏楽部をやめており、2年生の夏に復帰した。みぞれを残して部を去った自身の姿を童話「リズと青い鳥」の青い鳥と重ね、「なんかちょっと、私たちみたいだな」と語る。
進路に迷っていたが、のぞみが外部指導員でプロの新山聡美から音大受験を勧められたことを知り、自身も音大を目指すことを決めた。
リズ(声優:本田望結)
引用元:映画『リズと青い鳥』
作中作『リズと青い鳥』の主人公。両親を早くに亡くし、湖の近くの家にひとりで暮らしている。ある日湖のほとりで倒れていた少女を助けて、一緒に暮らすようになった。
少女(声優:本田望結)
引用元:映画『リズと青い鳥』
作中作『リズと青い鳥』の登場人物で、不思議な少女。青い髪が特徴的で、常に快活な振る舞いを見せる。湖のほとりで倒れていたところをリズに助けられ、一緒に暮らすようになった。
剣崎梨々花(声優:杉浦しおり)
北宇治高校吹奏楽部の1年生で、みぞれと同じオーボエを担当している。あまり表情が変わらず何を考えているか分からない、近寄りがたいみぞれとの距離を縮めようと頑張っている。
『リズと青い鳥』のストーリーをネタバレ解説
ここからは映画『リズと青い鳥』がどのような物語だったのかを、ネタバレを含みつつ解説をしていく。
まだ本作を未鑑賞の方は、ぜひ作品を観てからこの先を読み進めることをおすすめする。
作中に登場する童話『リズと青い鳥』がストーリーと重なる
映画『リズと青い鳥』では、吹奏楽部に所属する高校3年生のみぞれと希美の関係が変化していく様子と、その過程に成長する2人を精細に描き出した作品である。
そしてこの“みぞれと希美の関係”は、作中作として描かれた童話「リズと青い鳥」の“リズと青い鳥の関係”とリンクする構造となっていた。
童話「リズと青い鳥」は、次のような物語となっている。
両親を亡くして孤独に暮らすリズの前に、青い髪をした少女が現れる。リズと少女は共に暮らすようになり心を通わせていく。幸せな日々を送っていたが、ある日リズは少女が青い鳥であることに気がついてしまう。再びひとりぼっちになってしまうことを恐れながらも、リズは愛ゆえに少女を空に帰すことを決める。
最初の朝練のシーンの「なんかちょっと、私たちみたいだな」という希美の発言から、観る者は「おそらく、みぞれと希美の関係はこの童話をなぞるように変化していくのだろう」と意識させられるのである。
どちらがリズでどちらが青い鳥なのか
引用元:映画『リズと青い鳥』
それではみぞれとのぞみは、どちらがリズでどちらが青い鳥なのだろうか。
本作は基本的にみぞれの視点でストーリーが進行している。そして当のみぞれが自身をリズに投影しているため、はじめのうちはみぞれ=リズなのではないかと思いながら話を見守る鑑賞者も多いだろう。
中学生の頃にひとりぼっちだったみぞれを希美が吹奏楽部に誘ったというエピソードは、孤独だったリズの前に青い髪の少女(青い鳥)が現れたこととリンクするように感じられる。また、みぞれは極端に希美との別れを恐れており、その様子が少女(青い鳥)に対して「どこにも行かないで」と口にするリズの姿と重なる。
その他さまざまな状況や描写から、一見するとみぞれ=リズ、希美=青い鳥と思ってしまうのも納得である。しかしこれはミスリードだ。
それではみぞれ=青い鳥、希美がリズなのかというと、それも違うのではないかと思う。なぜなら、みぞれが青い鳥というのは分かるが、リズが希美というには無理があるように感じられるからだ。
みぞれには音楽の才能(空高く飛べる翼)があり、「希美と一緒にいたい」という気持ちがそれを封じ込めてしまっていた。これはリズと一緒にいることだけを考えている少女(青い鳥)と捉えることが可能だ。
しかし、独りになることが怖くて青い鳥を手放すことを決心できないリズが希美と重なる部分は少ない。希美はそれほどまでにみぞれに対して執着をしているわけではないように映るからである。
では、どちらがリズでどちらが青い鳥なのか。結論だけ先に言うと、みぞれも希美もリズであり、2人がそれぞれの“青い鳥”を手放す話なのだと私は感じた。
ベルギーの詩人・モーリス・メーテルリンクの戯曲に『青い鳥』という作品がある。本作を鑑賞した人の中には、タイトルからこの戯曲を想起した人もいるだろう。チルチルとミチルの兄妹が青い鳥を探し続けるその内容から、現実を直視せずに理想ばかりを追い求める人の様子を指す「青い鳥症候群」などという言葉も生まれている。
つまり、“青い鳥”とは現実味のない理想のことなのではないだろうか。
みぞれは、「希美に自分の全てを好きになって欲しい」「希美とずっと一緒にいたい」という理想を抱えていた。
対する希美が抱えていたのは、「オーボエの実力を周囲から認められたい」「他人より優れていると思われたい」という理想だ。これは、後輩たちが「フルートのソロはさ、たぶんのぞ先輩だよね」と話しているのを聞いて満足げな笑みを浮かべているシーンや、みぞれが新山先生に音大を勧められたことを知って動揺する描写をなどから伺い知れる。
俯瞰してみるとただ偶然同じ土地に生まれ、同じ学校の同じ部活に所属しているだけの友人を特別な存在にまつりあげてしまうのも、自分は特別な何かを持った存在なんだと疑わずそうあることに執着してしまうのも、思春期ゆえの倒錯のように思える。
これら思春期特有の思い込みから生まれる理想あるいは夢想は、誰にでも思い当たるものがあるだろう。そしてこうした理想をいい意味で諦めることで、思春期に終わりを告げ少年少女は大人へ向かっていく。
こうした“青い鳥”を手放すまでの“通過儀礼”を描いたのが本作なのである。
「みぞれのオーボエが好き」に込められた希美の気持ち
みぞれは新山先生に、リズではなく青い鳥の気持ちを想像してみるようアドバイスされたことで覚醒し、圧巻の演奏をしてみせた。
しかし、この時点ではまだみぞれは希美への執着を手放したわけではない。その証拠にみぞれは演奏直後に希美の方に目を向けている。みぞれは希美がそこにいることを期待していたに違いない。しかしそこに希美の姿はなかった。
希美の後を追って、みぞれは生物室に入る。2人は向かい合い、それぞれの思いを口にしていく。
大好きのハグをして、希美の好きなところをいくつも挙げていくみぞれ。それに対して希美は、「みぞれのオーボエが好き」とだけ返す。
少しの静寂の後、希美は吹っ切れたように笑い出す。この笑顔には切なさが滲んでいるようにも見えた。
このシーンの解釈は多岐に渡るが、筆者には希美がみぞれにも「希美のフルートが好き」と言ってほしかったのではないかと感じられた。これは、前述した非凡なフルート奏者でありたいという理想の表れだ。
しかしみぞれから期待した言葉が返ってこないことで、希美はこの理想を手放すことができたのだと思う。
過去に希美役の東山さんは以下のように語っている。
大好きなみぞれが、無口なみぞれが、言葉を尽くして希美のいいところをあげてくれても、そこに自分が大切にしていたフルートのことは入っていないんですよ。だから笑うしかない
引用元:『リズと青い鳥』みぞれ役・種﨑敦美×希美役・東山奈央スペシャル対談
一方のみぞれは、自分の全てを好きでいてほしいと願う希美から、「オーボエが好き」という言葉しか出てこないことで、自分の理想が現実には成り得ないことを悟るのだ。
こうして2人は大好きのハグを経て、それぞれの“青い鳥”を手放すことができたのである。
希美が「みぞれのオーボエが好き」と言った後に訪れる静寂の間、校舎に差し込む夕日が作った窓枠の影から、鳥が飛び立っていくカットが印象的だった。
disjoint=互いに素からjointに変化する物語
『リズと青い鳥』の冒頭には、「disjoint」という文字がカットインし、エンディング直前に「disjoint」の「dis」に横線が引かれて「joint」に文字が変わるという演出がある。
disjointとは数学用語の「互いに素」を英語にしたものだ。作中の数学の授業でも説明されていたが、この「互いに素」というのは、2と3、4と5のように2つの整数の共通の約数が 1 だけである状況を表す言葉である。
これはすれ違いを続けるみぞれと希美の関係を隠喩していると考えていいだろう。そして「disjoint」な2人の関係が「joint」に変わるまでが本作で描かれているのだ。
「joint」には「継ぎ目」や「接続」といった意味がある。
2人はそれぞれの“青い鳥”を手放すことで、少女から大人へと変わろうとしている。
みぞれは剣崎梨々花と仲良くなったことをきっかけに新たな交友関係を築いていく。そしていつか希美の存在が「大勢の友人の1人」に変わるかもしれない。
希美は吹奏楽以外に打ち込める何かを見つけ、みぞれのオーボエに対する劣等感をなくしていくかもしれない。
それによって2人の憧れや嫉妬、思慕といった感情が絡み合うアンバランスで「disjoint」な関係は終わりを迎え、もっと緩やかな意味での繋がりを持った「joint」な関係へと変わっていく。そんな未来を示唆しているのではないだろうか。
ちなみに隣り合う整数は必ず「互いに素」になる。作中で中川夏紀が「近くにいるからってなんでもかんでもみんな話すわけじゃないもんね」と言っていたように、距離が近すぎると逆にいい関係を築けないものなのかもしれない。
『リズと青い鳥』の謎を徹底考察
映画『リズと青い鳥』の描写にはいくつかの謎があった。
鑑賞した人の中には、「なぜ最後にみぞれは驚いた顔をした?」「みぞれが髪を触る理由は何?」などといった疑問を抱いた人もいるだろう。
それらについて考察していく。
最後にみぞれが驚いた顔をしたのはなぜか
引用元:映画『リズと青い鳥』
『リズと青い鳥』の最後のシーンで、前を歩く希美が振り返るとみぞれが驚いた顔をしたことに、疑問を持った人も多いだろう。
どうしてみぞれは驚いた顔をしたのかという、いくつもの考察がネット上にて語られている。
驚くという言葉の意味を調べてみると、「思いがけない出来事や状態に、心がさわぐ。びっくりする」とある。まさに、これに尽きるのではないだろうか。
本作の冒頭で、朝練をするために部室へと向かう途中、階段で希美はみぞれのことを見下ろしており、この時みぞれの瞳は輝いている。そしてそのすぐ後にみぞれは希美の足元を見ながら、中学の頃に登校中希美が振り返った出来事を回想している。
みぞれにとって、希美の振り返って後方の自分を確認するという行為は特別嬉しい出来事なのだろう。
最後のシーン、みぞれは希美の「アイスが食べたいの?」発言に、「違うんだけどな」と微笑んだ後、希美の足元を見つめているように見える。
この時みぞれは、また中学の頃の希美が振り返ったときのことを思い出していたのではないだろうか。そして「あの時みたいに振り返ってくれないかな」と思ったまさにその時、希美が振り返ったからみぞれは驚いたのであると考えられる。
みぞれはなぜ髪を触るのか
作中、みぞれは幾度となく髪を触る。これは大きく感情が動いたときに見せるみぞれの無自覚な癖なのだろう。この癖にはどんな意味があるのだろうか。
みぞれが作中で髪を触ったのは合計で12回。以下に時系列順でまとめた。注目すべきは、触る髪が右と左でタイミングによって異なることである。
みぞれが髪を触るタイミング | 触る髪の場所 |
冒頭で希美が青い羽根を拾い上げた時 | 左 |
希美から羽を譲られた時 | 右 |
優子が部長の挨拶をしている時 | 左 |
希美から放課後はパートの後輩たちと集まると告げられた時 | 左 |
進路希望を白紙で出したことを担任から注意された時 | 左 |
反射光でたわむれ、向かいの教室に居た希美が居なくなっていた時 | 左 |
新山先生から「コンクールの曲、素敵な曲に決まったわね」と言われた時 | 右 |
希美に何をしていたか聞かれ「フグにご飯あげてた」と答えた時 | 左 |
希美からあがた祭に誘われた時 | 右 |
教室で一人リードを作っている時 | 右 |
麗奈から「希美と合っていないのでは」と言われた時 | 右 |
新山先生から「好きな人を大切にしすぎてしまうのね」と言われた時 | 右 |
状況やみぞれの表情から、肯定的な時は右、否定的な時は左の髪を触っているのではないかと感じられた。
剣崎梨々花の名前の言い間違いの意味
剣崎梨々花は『リズと青い鳥』において重要な役割を果たすサブキャラクターであることは、登場人物や状況で決まったテーマ音楽を流す技法・ライトモチーフが用意されていることからも明らかである。
実際、彼女によってみぞれは希美以外の存在と友人関係を築くきっかけを得ているし、希美は梨々花の存在が表れたことでみぞれに対する自身の感情に目を向けることになった。
そんな剣崎梨々花は度々「鎧、じゃなくて剣崎です」と口にする。この名前の言い間違いについて作中では何も説明がされていない。
これは、声優キャストのオーディオコメンタリーで明かされているのだが、剣崎梨々花の自己紹介時の鉄板ネタなのだとか。
まとめ:『リズと青い鳥』は見れば見るほど考察が深まる大傑作!
本記事では映画『リズと青い鳥』について、ネタバレを含みつつストーリー解説と考察をした。
本作は「第73回 毎日映画コンクール 大藤信郎賞」を受賞しているほか、数々の賞に選定・ノミネートされた評価の高い作品である。
映像と音の細部にまでこだわり、繊細な表現によって登場人物たちの心理を描写していることはもちろん、何か大きなことが起きるわけではないにもかかわらず観る者を惹き込む重厚なストーリーが魅力的なアニメーション作品となっている。
情報量がとにかく多くなので、見るたびに新たな発見をもたらしてくれる考察しがいのある作品なので、ぜひ本記事を参考にして今一度鑑賞してみてはどうだろうか。