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映画『空の青さを知る人よ』ネタバレ解説&考察|タイトルの意味やしんのが消えた理由は何?

空の青さを知る人よ_解説_サムネイル

2019年10月に公開されたアニメ映画『空の青さを知る人よ』

『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『心が叫びたがってるんだ。』とともに秩父三部作として、「超平和バスターズ」の制作チームが手掛けた青春ファンタジー作品である。

本記事では、そんな『空の青さを知る人よ』について、ネタバレを含みつつ解説&考察していく。

  • しんのはどうして現れたのか?
  • なぜあかねスペシャルの弦が弾けた?
  • 「空の青さを知る」の意味は?

などといった疑問を持った人は、ぜひ本記事を参考にしてみてほしい。

映画『空の青さを知る人よ』の作品概要

映画『空の青さを知る人よ』作品概要
公開2019年10月11日
上映時間107分
監督長井龍雪
脚本岡田麿里
制作CloverWorks
主題歌あいみょん『空の青さを知る人よ』
キャスト金室慎之介/しんの(吉沢亮)
相生あかね(吉岡里帆)
相生あおい(若山詩音)
新渡戸団吉(松平健)
中村正道(落合福嗣)
中村正嗣(大地葉)
大滝千佳(種崎敦美)

映画『空の青さを知る人よ』は、2019年10月11日に公開されたアニメーション映画である。

アニメ監督の長井龍雪と脚本家の岡田麿里、キャラクターデザイナーの田中将賀からなるアニメ制作チーム「超平和バスターズ」によるオリジナル作品を原作とした、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』、『心が叫びたがってるんだ。』に続く、秩父三部作として位置づけられている。

吉沢亮、吉岡里帆が声優を務めていることや、あいみょんが主題歌を担当したことでも注目を集めた。

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あらすじ

山に囲まれた町に住む、17歳の高校二年生・相生あおい。将来の進路を決める大事な時期なのに、受験勉強もせず、暇さえあれば大好きなベースを弾いて音楽漬けの毎日。そんなあおいが心配でしょうがない姉・あかね。二人は、13年前に事故で両親を失った。

当時高校三年生だったあかねは恋人との上京を断念して、地元で就職。それ以来、あおいの親代わりになり、二人きりで暮らしてきたのだ。

あおいは自分を育てるために、恋愛もせず色んなことをあきらめて生きてきた姉に、負い目を感じていた。姉の人生から自由を奪ってしまったと・・・。

そんなある日。町で開催される音楽祭のゲストに、大物歌手・新渡戸団吉が決定。そのバックミュージシャンとして、ある男の名前が発表された。金室慎之介。あかねのかつての恋人であり、あおいに音楽の楽しさを教えてくれた憧れの人。高校卒業後、東京に出て行ったきり音信不通になっていた慎之介が、ついに帰ってくる・・・。

それを知ったあおいの前に、突然“彼”が現れた。“彼”は、しんの。高校生時代の姿のままで、過去から時間を超えてやって来た18歳の金室慎之介。思わぬ再会から、しんのへの憧れが恋へと変わっていくあおい。一方で、13年ぶりに再会を果たす、あかねと慎之介。

せつなくてふしぎな四角関係・・・過去と現在をつなぐ、「二度目の初恋」が始まる。

引用元:Filmarks『空の青さを知る人よ』

映画『空の青さを知る人よ』は、山に囲まれた秩父を舞台に、両親を若くして亡くしたあおいとあかねの姉妹、久々に地元に帰ってきたミュージシャンの慎之介、そして過去の姿で現れた慎之介の生き霊“しんの”の、不思議な四角関係を描いたファンタジー青春アニメーションだ。

高校2年生のあおいは、13年前に両親を亡くしてから姉のあかねと2人で暮らしている。

あおいは東京でのバンド活動を夢見るとともに、あかねが自分のために自身の将来を諦めてしまったのではないかと負い目を感じていた。

そんなある日、町で行われる音楽祭に大物歌手が招かれる。そのバックミュージシャンとして現れたのは、かつてあかねと仲の良かった慎之介だった。

一方、あおいの前には高校生の姿をした慎之介(しんの)が時を超えて現れる。

本作は、あおいとあかねの姉妹愛や、大人と子どもの対比、過去と現在や夢と現実のギャップなど、さまざまなメッセージ性を持った作品となっている。

主要な登場キャラクター

映画『空の青さを知る人よ』の主要な登場キャラクターを紹介する。

相生あおい(声優:若山詩音)

相生あおい
引用元:映画『空の青さを知る人よ』

高校2年生で、本作の主人公。あかねの妹で、ボブカットと太い眉が特徴的。左目の白目にほくろがある。

東京に出てバンドで成功することを夢見ているのに、バンドを組んでいないという矛盾を抱える。学校での交友関係はほとんどなく、スマートフォンでの連絡もあかね以外とはほとんど取らない。

勉強は苦手。感情表現が豊かで激しい性格をしており、慎之介や千佳に対して怒りを見せる場面が多い。

好きなおにぎりの具は昆布で、あかねの手作りメンチカツも好物。

幼少時に慎之介たちのバンドの練習を見てベースに興味を持ち、「うちのバンドのベースになってほしい」と言われたことをきっかけにベースを演奏するようになった。

しんの(声優:吉沢亮)

しんの
引用元:映画『空の青さを知る人よ』

13年前の慎之介の姿と意識を持った、もう1人の慎之介。

作中では学生服姿で赤髪に染めており裸足で登場する。

お堂から出ることができず、自分がなぜ現れたのかも分かっていない。

13年前の意識のため、スマートフォンの便利さに驚いたり、『こち亀』の終了に驚くなど、現代の変化に対するリアクションが新鮮である。

金室慎之介(声優:吉沢亮)

金室慎之介
引用元:映画『空の青さを知る人よ』

31歳。高校卒業後、ミュージシャンを目指して上京し、ソロデビューも果たしたが、現在は新渡戸団吉のバックバンドでギターを弾いている。

高校時代は正道や番場、阿保とバンドを組んでいた。上京する際に練習場所のお堂に愛用のギター「あかねスペシャル」を残していった。

現実と理想のギャップに悩み、帰郷後も屈折した感情を抱えながらもプロ意識は高く、あおいや正道の問題点を率直に指摘する。

左目の白目にほくろがある。おにぎりの具はツナマヨが好み。

相生あかね(声優:吉岡里帆)

相生あかね
引用元:映画『空の青さを知る人よ』

あおいの姉で、慎之介の元恋人。市民生活課に勤務しており、自家用車であおいを送迎している。あおいからは「あか姉(ねえ)」と呼ばれている。31歳。

太い眉と眼鏡が特徴で、高校時代から眼鏡をかけている。冷静で感情を表に出すことは少ない。高校時代には慎之介たちのバンドの練習におにぎりの差し入れをしていたが、あおいの好む昆布の具ばかりで、慎之介の好むツナマヨは一度も作っていなかった。

妹のあおいを支える一方で、自身も内に秘めた悩みや葛藤を抱えている。

映画『空の青さを知る人よ』の見どころを解説

車に乗るあかねとあおい
引用元:映画『空の青さを知る人よ』

映画『空の青さを知る人よ』の見どころについて解説していく。

描かれる「大人」と「子供」の対比

映画『空の青さを知る人よ』では、「現在」と「過去」、「姉」と「妹」、「都会」と「田舎」など、さまざまな二項対立が描かれている。それを意識して観ることで、本作をより楽しむことができるだろう。

特に分かりやすい対比として、「大人」と「子供」の対比がある。「夢や未来を信じることに真っ直ぐな10代」としてあおいやしんのといったキャラクターが描かれている一方で、「壁にぶつかり傷つきながらも現実を受け入れる30代」として慎之介やあかねが描かれている。

どちらがいいというわけでもなく、10代には10代なりの、30代には30代なりの良さがあるという描かれ方がされていたことに、私は好感を持った。

本作は、観る者の置かれた立場や環境、観るタイミングによって異なる印象を受けるような魅力を持った作品なのである。

あおいの二度目の初恋の物語

映画『空の青さを知る人よ』のキャッチコピーは、「これは、せつなくてふしぎな、二度目の初恋の物語」である。

あおいは幼い頃、高校生だったあかねとともに慎之介たちのバンドの練習を見学していた。そして、いつも優しく接してくれる慎之介に、淡い恋をしていたのだろう。

小学生くらいの女の子が派手な高校生男子に優しくされれば、恋に落ちてしまうのもうなずける。「でっかくなったら、うちのベースな」などと言われればなおさらだ。

そしてそんな当時好きだった慎之介(しんの)が、高校生になったあおいの前に現れる。しかも、対比するように情けなく見える31歳の慎之介と同時期に。

そうしてあおいはしんのに対して再び恋をすることになるのだ。しかし、その恋が叶うことはないということを、他ならぬあおいが理解している。

不思議な四角関係と、あおいの二度目の初恋の結末に注目してみてほしい。

あおいとあかねの姉妹愛

映画『空の青さを知る人よ』で印象的なのが、あおいとあかねの姉妹の描かれ方である。

2人の両親は事故で他界しており、以来2人で生活をしてきた。13歳差と年齢が離れていることもあり、姉妹というよりかは母と娘のように見えなくもない。

あかねが東京行きを止めて秩父に留まることにしたのを自身のせいだと考え、負い目を感じているあおいと、あおいのことが大好きでいつも気にかけているあかね。そんな姉妹の関係がどのように変化していくのかも本作の見どころの1つとなっている。

映画『空の青さを知る人よ』のネタバレ考察

空を飛ぶあおいとしんの
引用元:映画『空の青さを知る人よ』

映画『空の青さを知る人よ』を鑑賞して気になった点について、ネタバレを含みつつ考察していく。

なぜしんのはお堂に現れたのか?

作中で詳しく掘り下げられることのなかったしんのの正体は何であるのか、そしてなぜお堂に現れたのだろうか。

あおいや正嗣からは慎之介の生霊であると認識されていた。物質に触れたり声を出したり、見ることができたりするので、あまり生霊という感じではないが、他に相応しい呼称もないため、便宜上しんのを生霊と呼ぶのは間違っていないと思う。

生霊とは一般的に、強い念によって体外に精魂が出てしまうもののことを言う。それでは、しんのはどんな思念を持っていたのか。

高校時代、「いつかビッグになってあかねと一緒にギター「あかねスペシャル」を迎えにくる」という強い夢を持っていたしんの。あかねスペシャルは、バイトでお金を貯めてあかねと一緒に買いにいった思い出の詰まった特別なギターだ。

しかしその一方で、しんのはあかねと離れることになり「どこへも行かずずっとこのままでいたい」という不安や未練も抱えていた。

この矛盾したしんのの強い感情が「あかねスペシャル」に宿ったのだ。

そして、13年ぶりに故郷へと慎之介が帰ってきたことが引き金となり、しんのが現れたのだと考えられる。

あかねスペシャルの弦が弾けたのはなぜ?

物語終盤、あかねは土砂崩れによってトンネルに閉じ込められてしまう。連絡が取れないことで不安に駆られたあおいは、しんののいるお堂へと向かった。あおいがお堂に着くと、「あかねスペシャル」を取りに来た慎之介がしんのと対面していた。

あおいはあかねが土砂崩れに巻き込まれたかもしれないことを伝える。しんのは慎之介に、すぐにあかねを助けに行くように言いますが、慎之介は動こうとしない。

それならと、しんのは見えない壁を突き破り、お堂の外へと飛び出していく。その際に、あかねスペシャルの弦が弾け切れるのだが、これにはどのような意味があるのだろうか。

前述したように、しんのはあかねスペシャルに宿った強い念が生霊として現れた存在である。そしてその念の中には、「どこへも行かずずっとこのままでいたい」という不安も混在していた。

つまり、しんのが見えない壁によってお堂から出ることができなかった理由は、他ならぬしん自身が望んだことだったからと言える。自縄自縛である。

しかし、あかねが危険であることを聞き、情けない慎之介を前にした結果、しんのは「どこへも行きたくない」という不安を払拭したのだろう。だから、お堂から出ることができたのだ。

金属でできた線状の物体という意味で、弦と鎖は似ている。自分で自分を縛っていたしんのは、その鎖から自らを解放した。そのメタファーとして、あかねスペシャルの弦が弾け切れる演出が用いられたのではないだろうか。

最後にしんのが消えた理由は何?

土砂崩れからあかねが救出された後、あかね、慎之介、しんのの3人はあかねの車に乗って音楽祭のリハ準備をするホールへ向かう。

車中、慎之介はあかねへの想いを吐露する。それに対して、あかねは「今度、ツナマヨのおにぎりでも作ってみようかな」と返す。後部座席で2人のやり取りを聞いていたしんのは、あかねのこの発言にほほえみ、そして消えてしまう。

なぜしんのは消えたのか。その理由は、あかねのツナマヨ発言を聞いたからという答えになる。

あかねは作中何度かおにぎりを作っている。そしてそのおにぎりの具はいつも、あおいの好きな昆布だった。あかねにとって最も大切な人は妹のあおいであることがよく分かるエピソードだ。

しかし、あかねはあおいがもう十分に成長していたことを知り、改めて慎之介に向き合うことを決心した。それが「今度、ツナマヨのおにぎりでも作ってみようかな」という発言の真意であると考えられる。

こうして慎之介とあかねが無事に前進した姿を見たことで、しんのは安心し消えたのだろう。

「井の中の蛙大海を知らず。されど空の青さを知る」の意味は?

映画『空の青さを知る人よ』を語るうえで外せないのが、「井の中の蛙大海を知らず。されど空の青さを知る」という成句(諺)だ。

タイトルにも用いられ、卒業アルバムにもあかねが書いていた。

前半部分の「井の中の蛙大海を知らず」は、中国の思想家である荘子の「秋水篇」にある「井蛙不可以語於海者、拘於虚也」が由来となっている。

意味としては、「井戸の中にいる蛙はずっと狭い世界しか見たことがなく海を見たことがないため、視野が狭くありきたりの知識しかない」、転じて「見識が狭く自分の範囲内でしか物事を考えられない」ことを指す。

後半部分については、荘子の「秋水篇」にはその表現がない。確かな由来は明らかになっておらず、日本に伝わったのちに付け加えられたものだと考えられている。

解釈も何通りかあるようだが、「狭い世界で自分の道を突き詰めたからこそ、その世界の深いところまで知ることができた」というのが一般的なようだ。しかし、私はどうにもこの解釈に納得がいかない。蛙は空を飛んでいるわけではないのだから、「空の青さを知る」の解釈として「その世界の深いところまで知ることができた」というのはおかしい。

それであれば、「井の中にいてもなお、空が青いことに喜びを見出すことができる」つまり、「今あるものに満足し、その価値を本当に知っている状態」というニュアンスのほうがしっくりくると思う。

さて、本作において「井の中の蛙大海を知らず。されど空の青さを知る」人は誰なのかといえば、まずあかねだろう。

慎之介とともに東京の専門学校に行くことを断念し、山に囲まれた盆地・秩父に留まることを決めたあかねは、自分が井の中の蛙のように思えたかもしれない。それでも、あおいと過ごすなんのことはない日常に幸せを感じられる人でありたいと考え、卒業アルバムにこの言葉を残したのではないだろうか。実際、あかねは自らが選んだ今の生活に満足しているように見えた。

また、あおいも空の青さを知った人物である。物語の最後に「あー、空、クッソ青い」と言うセリフを残したあおい。小説版には以下のように記されている。

「あー……空、くっそ青い」 この空の青さを知った自分は、何ができるだろう。 何に、なれるだろう。 『井の中の蛙、大海を知らず。されど空の青さを知る』 あたしは、大きな海へと出られたんだろうか。 もしかしたらここはまだ、井の中かもしれない。 どこまで走っても、結局、井戸から出られないのかもしれない、と思うこともある。 そんなときは、あかねの好きな言葉に倣って、空を見上げることにしている。 ここがどこだろうと、空の青さをちゃんと見ておこう。 曇っても、雨が降っても、冷たい風に目を開けていられなくなっても、空の青さを、ちゃんと覚えていよう。

引用元:小説版『空の青さを知る人よ』

「ここがどこだろうと、空の青さをちゃんと見ておこう。」これこそが、本作がもっとも伝えたかったメッセージなのではないかと思う。

名曲『ガンダーラ』に込められた想い

映画『空の青さを知る人よ』の劇中音楽として使われている『ガンダーラ』は、1975年に結成された日本のバンド、ゴダイゴのヒット曲だ。この曲がなぜ本作の挿入曲に選ばれたのか、その理由をあおいと慎之介の観点から考察する。

『ガンダーラ』の歌詞は「そこに行けばどんな夢もかなうというよ」というフレーズで始まる。このフレーズは、あおいの東京への憧れを象徴していると考えていいだろう。

13年ぶりに故郷に帰ってきた慎之介の前で演奏をすることになったあおいは、迷わずに『ガンダーラ』を歌った。

『ガンダーラ』は、13年前に高校生だった慎之介がバンドでよく演奏していた曲である。あおいはその姿に魅了され、将来プロのベーシストになる夢を抱くようになった。

13年経ち、冷たく接する慎之介に対して、あおいは「どうして?」というさみしい気持ちと、自分のベースの実力を見せて彼を驚かせたいという思いがあったのだろう。

あおいの歌う『ガンダーラ』には、優しかった高校生の慎之介への憧れと、自分の夢への想い、そして楽しかった13年前を慎之介に思い出してほしいという願いが込められているのではないだろうか。

一方、慎之介は東京でギタリストとして成功し、あかねを迎えに行くことを決めていたが、プロの世界は厳しく、夢は破れてしまった。慎之介にとって「ガンダーラ」=東京は、音楽のプロとして生きていくことの厳しさを知った場所なのだ。

さて、なぜ『ガンダーラ』が用いられたのかだが、それは本作のテーマに深く関わっている曲だったからに他ならないと考えられる。『ガンダーラ』の歌詞は要約すると、「井の中の蛙大海を知らず。されど空の青さを知る」といった意味を含んでいるのだ。

あおいと13年前の慎之介は、どちらも「ガンダーラ」=東京への憧れを抱いている。2人は大海に憧れる井の中の蛙なのだ。

歌詞の中で「ガンダーラ」は「何処かにあるユートピア」と言われている。ユートピアとはギリシア語で「どこにもない場所」という意味だ。

つまり、ここにないものはどこにもないのである。ありもしない「ガンダーラ」=大海に憧れるのではなく、今いる場所から見える空の青さに価値を見出そう。本作に『ガンダーラ』が起用されたのには、そんな意図があったのではないだろうか。

ネタバレ感想|思わせてくれよ、将来お前になってもいいかもしんねえって

しんのと慎之介
引用元:映画『空の青さを知る人よ』

映画『空の青さを知る人よ』は、観る者の置かれた環境や立場によって、受け取り方や感情移入する先が変わる作品だと思う。私は特に慎之介に自身を重ねて観ていた。

作中で、しんのが慎之介に向かって言ったセリフがある。

「なあ、思わせろよ。俺はお前なんだよなあ。だったら思わせてくれよ。いろいろ、上手くいかないこともあるんだろうけど、それでも将来、お前になってもいいかもしんねえって、思わせてくれよ!」

引用元:映画『空の青さを知る人よ』

この言葉を聞いたとき、私の心はざわついた。はたして13年前の私が今の私を前にしたら、「お前になってもいいかもしんねえ」と思うだろうか?

本作は、私たちが抱える理想と現実の、過去と現在のギャップを深く捉えている。どこにもない「ガンダーラ」=大海を求めてさまようあおいと、「ガンダーラ」=大海へ出て厳しさを知り打ちのめされた慎之介、2人の“蛙”が空の青さを知るまでが描かれる。

どれだけ儘ならない生活に身を置きながらも、なお今の生活に価値を見出だせる人、そんな「空の青さを知る人」でありたいと思わされる作品だった。

映画を盛り上げるあいみょんの楽曲を紹介

最後に映画『空の青さを知る人よ』で使用されたあいみょんの楽曲を紹介する。

『空の青さを知る人よ』

映画の主題歌である『空の青さを知る人よ』は、あいみょんの力強い歌声と感動的なメロディーが印象的な曲だ。

サウンドプロデューサーの田中ユウスケが手掛けた壮麗なストリングスのアレンジが、映画の重要なシーンで広がりを持たせている。

この楽曲は、主人公の慎之介の視点から描かれており、彼の内なる葛藤や希望を表現している。

歌詞は大切な人との別れや過去の思い出に対する切なさを表現しており、あいみょん特有の深い感情が込められている。「赤く染まった空から溢れ出すシャワーに打たれて…」といった詩的な描写が特徴的で、映画の情景とも見事にリンクしている。

『葵』

『葵』は映画のエンディングテーマとして使用されており、フォーキーなサウンドが特徴だ。

『葵』は『空の青さを知る人よ』のカップリング曲としてリリースされ、そのメロディーと歌詞が、映画全体のテーマである成長と自己発見を見事に反映している。

映画の主人公・あおいの物語に寄り添う形で制作されており、シンプルでありながらも感情豊かな歌詞が印象的だ。エンドロールとともにこの楽曲を聴くことで、作品全体の余韻を楽しむことができるだろう。

映画『空の青さを知る人よ』のネタバレ解説&考察まとめ

本記事では、映画『空の青さを知る人よ』について、作品の見どころやネタバレを含む考察を伝えてきた。

注意深く観ていないと、説明不足で曖昧に感じられる部分があるのは事実だろう。しかし、それ以上に分かりやすい脚本と個性のはっきりしたキャラクターたちが魅力的な作品だった。

「超平和バスターズ」の作品には独特の生っぽさがあり、それが好きだというファンも多い。一方で、人によってはある種の気持ち悪さを感じることもあるらしい。

いずれにしろ、それだけ観る者の感情を動かす作品をコンスタントに生み出し続けている「超平和バスターズ」には敬服する。

2024年10月4日に予定されている新作映画『ふれる』の公開が今から待ち遠しいかぎりである。

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山羊座3号
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「山羊座とともに」の管理人。アニメ映画を中心に、鑑賞した作品の考察や感想を書いています。生涯大切にしたい映画は『天気の子』。
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